Share

31話 レインの重い時

last update publish date: 2026-08-27 18:00:52

 レインから返事が届いたのは、ベルナから戻って四日後だった。

 いつもの封筒より、少しだけ重かった。

 開けると、三枚の紙が入っていた。

 一枚目は、学院の状況報告だった。

 薬屋の第三者データが魔法師団長に提出されたこと。団長が「継続的な観察が必要だ」と言ったこと。クロヴェル派の「魔法による補助があってこそ」という主張が、データの前で少しずつ根拠を失いつつあること。

 二枚目は、ベルダンの件への返答だった。

 数字が動いたこと、ベルダンが続けると決めたことへの短い評価。「情報を届けて、判断を委ねる。それがお前らしい」という一行があった。

 三枚目を開いた。

 エリナへ

『あなたにとって重い時はどういう時か』と聞いてくれた。答えるのに、少し時間がかかった。考えていた。

 正直に書く。

 俺が重いと感じるのは、自分の力が足りないと気づく時だ。

 魔法の力は、俺にはある。適性はⅤ階で、使えない魔法はほとんどない。でも、それとは別のところで、足りないと感じることがある。

 例えば、今回のクロヴェルの動きに対して、俺は学院の中でしか動けない。王都の政治に直接介入する立場ではない。師匠に頼むことはできるが、俺自身が動ける範囲は限られている。

 その限界を感じる時が、重い。

 もう一つ。

 孤児院で育った。知っていると思う。両親がいない。家族と呼べる人間が、長い間いなかった。今も、厳密にはいない。師匠は近いが、家族ではない。

 魔法の才能があったから、学院に来られた。学院では評価される。でも、評価されることと、誰かに知っていてほしいと思うことは、違う。

 お前が『ルナが猫を貸してくれた』と書いた話を読んで、少し考えた。相手に知っていてほしいから書く、と俺は言った。それは本当だ。

 俺も、お前に知っていてほしいことがある。

 でも、何を知っていてほしいのかを、まだうまく言葉にできない。あることは確かだ。

 一年後の約束を、覚えている。あと五ヶ月を切った。

 重い時の話を、聞いてくれてありがとう。聞かれたから、考えることができた。

                                          ――レイン――

 エリナは三枚目を、二度読んだ。

 三度読んだ。

 それから、机の上に置いた。

 自分の力が足りないと気づく時が、重い。

 評価されることと、誰かに知っていてほしいと思うことは、違う。

 その二つの言葉が、頭の中で止まった。

 レインは、魔法のⅤ階だ。学院の首席だった。王宮魔法師になろうとしている。誰が見ても、才能も実力も、持っている人間だ。

 でも、重い時がある。

 足りないと感じる時がある。

 孤児院で育った。家族と呼べる人間が、長い間いなかった。

 その事実を、エリナは知っていた。設定として知っていた。でも、本人の言葉で読むのは初めてだった。

 評価されることと、誰かに知っていてほしいと思うことは、違う。

 それは、自分も知っている感覚だった。

 前世でも今世でも、エリナは評価されることには慣れていた。でも、誰かに「知っていてほしい」と思うことは、少なかった。少ないと思っていた。

 でも、最近は違う。

 レインに知っていてほしいと思うことが、増えている。

 返事を書こうとして、少し止まった。

 今回は、慎重に書く必要があると思った。

 レインが正直に書いてくれた。重い時のことを、家族がいなかったことを、知っていてほしいことがあることを。

 それに対して、どう返すか。

 分析するのではなく。情報として処理するのでもなく。

 エリナは少しだけ考えて、紙を取った。

 レインへ

 正直に書いてくれてありがとう。

「自分の力が足りないと気づく時が重い」という言葉、受け取った。あなたが魔法の力を持っていることは知っていた。でも、それとは別のところで足りないと感じることがある、という話は、今まで聞いたことがなかった。聞かせてくれてよかった。

 孤児院で育ったこと、師匠が近いが家族ではないこと。それも、受け取った。

 私が言えることは多くないかもしれない。でも、一つだけ言う。

 あなたが「今日、図書室に行った」と書いた。「ルナが猫を貸してくれた」と私が書いた。それが、相手に知っていてほしいから書くことだと、あなたは言ってくれた。

 なら、私も知っていてほしいことを書く。

 あなたが重い時に、重いと言える場所があればいいと思っている。私がその場所になれるかどうかは、まだわからない。でも、なりたいと思っている。

 うまく言葉にできない部分が、まだある。でも、あることは確かだ。

 一年後の約束、残り五ヶ月を切った。

                                          ――エリナ――

 書いて、少しだけ手紙を見た。

 「なりたいと思っている」と書いた。

 こういう言葉を書いたのは、初めてだった。

 前世でも今世でも、エリナは「なりたい」という言葉を、目標や仕事に対して使う人間だった。人に対して使うことは、ほとんどなかった。

 でも、書いた。

 消さなかった。

 封をした。

 翌朝、フィオナから手紙が届いた。

 定期報告の手紙だったが、最後に短い付け加えがあった。

 追伸。

 レインと昨日、王都で少し話した。学院の件で来ていたらしい。

 別に何か特別なことを話したわけじゃないけど、一つだけ気になったことがある。

 彼、あなたの名前を出す時の間が、普通と少し違う。

 私が気のせいかもしれないけど、私は気のせいというものを信じない人間なので。

                                         ――フィオナ――

 エリナはその追伸を読んで、少しだけ止まった。

 名前を出す時の間が、普通と少し違う。

 フィオナが「気のせいを信じない」と書いた。

 この人は、感情を読む目を持っている。ダリウスのことも、最初の接触だけで「揺らいでいる」と読んだ。

 だから、この観察は、信頼できる。

 エリナは少し考えて、フィオナへの返事を書いた。

 報告への返答を書いて、最後に。

追伸について。

読んだ。今は、それだけ言う。

 『今は』という二文字を、少しだけ見た。

 今は、それだけ言う。

 今ではない時が来るかもしれない、という余地を残した書き方だ。

 自分でそれを意図したかどうか、エリナにはわからなかった。

 でも、そう書いた。

 その日の午後、ルナが薬草の束を持ってシェナから届いた小包を開けながら、ぼそりと言った。

「エリナ」

「何?」

「最近、手紙が多い」

「そうですか」

「多い。でも、顔が悪くない」

「顔が悪くない、とは」

「手紙を書いてる時の顔が」

 ルナが少しだけエリナを見た。

「前より、悪くない」

 エリナは少し止まった。

「どういう意味ですか?」

「前は、手紙を書いてる時、仕事みたいな顔をしてた」

「今は?」

「今は、少し違う」

「どう違う?」

 ルナがしばらく考えた。

「言葉にできない」

「それは困ります」

「でも、悪くない顔だと思う」

 ルナが薬草の仕分けに戻った。

 エリナは少しだけ、自分の顔に手を当てた。

 顔は自分では見えない。

 でも、ルナが「悪くない」と言った。

 ルナは嘘をつかない。余計なことも言わない。言った言葉は、本当のことだ。

 夕方、マリオが市場から戻ってきた。

「調査員の二人組、今日は来なかった」

「そうですか」

「続けて来なかったのは、今日で三日目だ」

「フィオナに確認してみます。王都側で何かあったのかもしれない」

「まあ、来ないに越したことはないけどな」

 マリオが椅子に座った。

「なあ、エリナ」

「何?」

「最近、なんか違うな」

「何が?」

「雰囲気。少し、柔らかくなった気がする」

「そうですか」

「ルナも何か言ってたか?」

「顔が悪くないと言っていました」

「そうそう、そういう感じ」

 マリオが笑った。

「なんかあったか、最近」

「特に何も」

「そうか」

 マリオがしばらく天井を見た。

「まあ、悪くないならいいか」

「うん」

 エリナは短く答えた。

 「うん」という返事が、自然に出た。

 いつもなら「そうですか」か「わかりました」だった。

 「うん」と返したのは、いつ以来だろう。

 夜、エリナは机に向かった。

 やることを確認した。

 各町の在庫状況の更新。フィオナへの返信。ゴードンへの数字の確認依頼。シェナから届いた新しい薬草の分類をルナと一緒にやること。

 その作業リストを書きながら、エリナは少しだけ考えた。

 レインが「重い時は重いと言っていい」と書いた。

 自分も「重い時は言う」と言った。

 実際に、「少し重い」と書いた。

 するとレインが、自分の重い時のことを書いてくれた。

 そのレインに、自分は「なりたいと思っている」と書いた。

 一つ一つは、小さなやり取りだ。

 でも、積み上がると、何かになる気がした。

 何かというのが、まだうまく言葉にできない。

 でも、あることは確かだ。

 エリナは作業リストの端に、小さく書いた。

 『残り五ヶ月を切った』

 それを見て、少し考えて、その隣にもう一行書いた。

 『一年後の約束、覚えている』

 それだけ書いて、ランプを吹き消した。

 暗い部屋で、少しだけ目を開けていた。

 ルナが「手紙を書いている時の顔が悪くない」と言った。

 マリオが「雰囲気が少し柔らかくなった」と言った。

 フィオナが「名前を出す時の間が違う」と書いた。

 三人が、別々に、同じ方向の何かを感じている。

 エリナには、それが何かわかる気がした。

 でも、今夜は言葉にしなかった。

 急がなくていい。

 一年後の約束が、ある。

 その日まで、積み上げる。

 今夜は、それで十分だ。

 エリナ・アッシュフォード、八歳。

 重い時を、話せる人ができた。

 それが今夜、一番大事なことだった。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える   52話 フィオナが来た日

     フィオナがルシェムに来たのは、謁見から二週間後のことだった。 予告なしだった。 朝、市場から戻ったマリオが、息を切らして事務室に飛び込んできた。 「フィオナさんが来た」「どこに?」「市場の入り口。馬車で来てる。荷物が多い」「荷物が多い?」「トランクが二つある」  エリナは少しだけ止まった。 「泊まりではなく、しばらくいるつもりですか」「そういうことじゃないか? 迎えに行くか?」「行きます」 市場の入り口に着くと、フィオナが馬車の横に立っていた。 久しぶりに、ルシェムで見るフィオナだった。 王都で会った時とは少し違って見えた。服装は変わらないが、顔が少し違う。 疲れている、と手紙に書いていた。 確かに、少し疲れた顔をしていた。 でも、エリナを見た瞬間、目が変わった。 「来た」「来ましたね、予告なしで」「予告したら、準備されすぎると思って。あなたのことだから、部屋を完璧に整えて、食事まで用意して待っていそうだから」「そうしようとしていました」「でしょう。だから、言わなかった」「荷物が多いですね」「しばらくいようと思って」 フィオナが少しだけ声を落とした。「王都からの仕事は、手紙でできる部分も多い。しばらくルシェムで動きながら、こちらの空気も吸いたかった」「どのくらい?」「一週間か、二週間か。決めていない」「決めなくていいです。いたいだけいてください」 マリオが荷物を運んでくれた。 フィオナが見ると、少し驚いた顔をした。 「マリオ、大きくなった?」「なってないと思うけど、フィオナさんが久しぶりに会うから大きく見えるだけじゃないか?」「そうかもしれない。でも、なんか違う。顔が違う」「どう違う?」「前より、落ち着いた顔をしてる」「そうかな」 

  • 灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える   51話 動き始める、次の一手

     翌日から、エリナは動き始めた。 といっても、急いでいるわけではなかった。 落ち着いて、一つずつ。 謁見の翌日以降に何をするかは、帰り道の馬車の中でゴードンと話し合っていた。 優先順位は決まっていた。  一つ目、商会の代表変更の正式書類を処理する。二つ目、各町の現場責任者に謁見の結果を報告する。三つ目、フィオナと連携して規制案の継続審議への対応を続ける。四つ目、学院の衛生教育の検討に、商会として協力できることを提示する。  どれも、急ぎではない。 でも、止まってもいない。 まず、商会の代表変更の書類が届いた。 アルバ殿下が約束した通り、一週間以内に書状が来た。 正式な書類に、エリナ・アッシュフォードの名前が入っていた。 アッシュフォード商会の代表者、エリナ・アッシュフォード。 ゴードンがその書類を机の上に置いた。 「これで、正式になりました」「そうですね」「どういう気持ちですか?」  エリナは少しだけ考えた。 「思っていたより、静かな気持ちです」「静か、とは」「もっと大きな感情が来ると思っていた。でも、静かだった。当たり前のことが、形になった、という感じです」「それが、正しい感覚だと思います」ゴードンが静かに言った。「当たり前のことを積み上げてきたから、当たり前に形になった」「ゴードンさん」「はい」「代表名義をずっと引き受けてくれていた。本当にありがとうございました」「礼はいりません。でも、受け取ります」  それだけだった。 それで十分だった。 次に、各町の現場責任者への報告をした。 マグダ、シェナ、ジルカに、それぞれ手紙を書いた。 謁見の結果。陛下が約束を守ってくれたこと。商会の活動が引き続き認められたこと。今後も続けることができること。 返事は、それぞれ三日以内に来た。 マグダから。 エリナちゃん

  • 灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える   50話 翌朝と、これからのこと

     ルシェムに帰った翌朝、エリナはいつもより少しだけ遅く起きた。 目が覚めた時、空はすでに明るかった。 珍しいことだった。 いつもは夜明け前に目が覚める。でも今朝は、光が差し込んでから目が開いた。 しばらく、布団の中でそのままいた。 これも珍しいことだった。 起きたら、すぐに動く。それがいつものエリナだった。 でも今朝は、少しだけそのままいた。 窓の外から、ルシェムの朝の音が聞こえた。 市場へ向かう人の足音。遠くで犬が吠える声。風が木の葉を揺らす音。 帰ってきた、と思った。 昨日も思った。でも、今朝も思った。 ここが、自分の場所だ。 台所に行くと、セレーナが先にいた。 「おはよう」「おはようございます」「よく眠れた?」「はい。遅くまで眠っていました」「そう。今日くらいは、いいんじゃない?」「そうかもしれません」  薬草茶を作りながら、エリナは窓の外を見た。 冬の朝の空は、澄んでいた。 「お母さん」「うん」「昨日、ゴードンさんから聞いた話があります」「何?」「学院が、来年から衛生教育を取り入れることを検討しているそうです。石鹸の使い方、薬草薬の知識、傷の手当ての手順を、学院の教育に組み込む話が始まっている」  セレーナが少しだけ手を止めた。 「それって、どういうことになるの」「学院で教えれば、学院の生徒が卒業して各地に行く時に、その知識を持っていく。一人が届けられる場所より、ずっと広い範囲に届く」「あなたが一年でやったことが、もっと広がるということ?」「そうなるかもしれません」「お父さんが聞いたら、何と言うかしら」  エリナは少しだけ考えた。 「『私よりうまくやっている』と言うか、それとも『まだ足りない』と言うか」「この前も同じことを言ったわね」「同じこ

  • 灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える   49話 帰る場所

     翌朝、エリナは早く起きた。 今日、ルシェムに帰る。 荷物を確認した。報告書の写し。確認書の写し。殿下から預かったアッシュフォード商会の正式な代表変更に関する書状の下書き。そして、セレーナへの手紙。 全部、ある。 朝食を三人で食べた。 フィオナが、珍しく朝から饒舌だった。 「昨夜の話、全部聞かせてもらうって言ったけど」「聞きますか?」「聞く。でも、今は聞かない」「なぜですか?」「あなたの顔を見れば、大体わかるから。今日は、その顔で十分」「どんな顔をしていますか?」 ゴードンが静かに言った。 「昨日フィオナが見たかった顔」   出発前に、フィオナと二人になった。 宿の前の小さな通りで、少しだけ話した。 「フィオナ、これからどうするんですか?」「王都にいる。まだやることがある。規制案はまだ継続審議のままだ。陛下が認めたとはいえ、クロヴェルが諦めたわけじゃない」「そうですね」「でも、今日は違う話をしたい」「どんな話ですか?」「あなたが帰った後のことを、少し考えた。王都に来てからの一年間、私はずっとここで動いていた。でも、いつかルシェムに行ってみたいと思っている」「ルシェムに?」「マリオとルナに、会いたい。あなたが話してくれた人たちに。あなたが動いてきた場所を、見てみたい」「来てください、必ず」「いつ行けるかはわからない。でも、行く」「待っています」  フィオナが少しだけ笑った。 「その言葉、昨夜もレインに言ったでしょう」「言いました」「同じ言葉が、自然に出てくるようになったんだね」フィオナが穏やかに言った。「前のあなたには、なかった言葉だと思う」「そうかもしれません」「いい変化だと思う」  フィオナが手を差し出した。 エリナはその手を両手で握った。 

  • 灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える   48話 一年後の夜

     謁見が終わって、王宮を出たのは昼過ぎだった。 アルバ殿下が廊下で待っていた。 「よくやりました、エリナ殿」「ありがとうございます。殿下の準備がなければ、今日はなかった」「王都のデータは、効きましたね」 殿下が少し笑った。「右側の列が、ざわついた」「見えていました」「父上は、満足そうでした。あの顔は、久しぶりに見た。一年前に、『わくわくしている』と言いましたが、今日はそれ以上でしたよ」  エリナは少しだけ、その言葉を受け取った。 「殿下、商会の代表についてお願いがあります」「ゴードンさんから聞きました。昨夜、連絡をいただいた」「はい。正式にエリナ・アッシュフォードの名で商会を持てるよう、陛下にご確認いただけますか?」「すでに父上に話しました。年齢の問題は、特例として認めていただける方向です。正式な書類は、来週中に届きます」「ありがとうございます」「アッシュフォード商会の代表が、アッシュフォードの名前になる。当然のことですから」 王宮の外で、師匠とレインが待っていた。 師匠がエリナに言った。 「一つだけ言っておく」「はい」「今日の発言で、一番良かった部分を教えてもいいか?」「ぜひ」「クロヴェルへの返答だ」 師匠が静かに言った。「感情で返さなかった。でも、感情がないふりもしなかった」  エリナはフィオナが昨日言っていた言葉を思い出した。 「感情がないふりもしなくていい、という言葉を、昨日フィオナからもらいました」「賢い子だ、フィオナ殿は。あの返答には、あなたがいた。数字だけではなかった」「届きましたか?」「届いた。俺には届いた。他の人間にも届いたと思う」  師匠が一歩退いた。 「俺はこれで失礼する。よくやった」「先生、ありがとうございました。一年間、本当に」「礼

  • 灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える   47話 謁見の間、再び

     謁見の日の朝、エリナは四時間ほど眠った。 眠れると思っていなかったが、眠れた。 目が覚めた時、空はまだ暗かった。でも、もう眠れなかった。 起きて、顔を洗って、薬草茶を作った。 ルナが持たせてくれた葉を使った。 温かい湯呑みを両手で持って、部屋の窓から外を見た。 王都の夜明け前。 ルシェムとは違う空の色だった。でも、夜明け前が静かなのは、どこでも同じだった。 今日、謁見の間に立つ。 もう一度、確認した。 怖い。でも、届けたい。 それだけでいい。 朝食を三人で食べた。 フィオナが、珍しく静かだった。 いつもは何か言う人だが、今朝は食べながらあまり口を開かなかった。 エリナが「どうかしましたか?」と聞くと、フィオナが少し笑った。 「緊張してる」「フィオナが?」「私も人間だから。あなたが緊張するより、私が緊張してる気がする」「なぜですか?」「あなたが上手くいくかどうかを、見ている立場だから。自分が話すより、大事な人が話すのを見ている方が、緊張する」  エリナは少しだけ、その言葉を受け取った。 大事な人が話すのを見ている方が、緊張する。 「フィオナ」「何?」「今日、謁見の間に入れますか?」「入れない。謁見の場に入れるのは、名前がある人間だけ。私には、今は資格がない」「そうでしたか」「廊下で待ってる。終わったら、すぐ出てくるでしょう。その顔を見る」「どんな顔をしていると思いますか?」「わからない。でも、見たい顔をしていると思う」 謁見の前の十分間は、王宮の廊下の一角で過ごした。 フィオナ、ゴードン、エリナの三人。 廊下は石造りで、冷たかった。外の空気が、石を通して伝わってくる。 エリナは上着の内ポケットに手を当てた。 手紙が、ある。 フィオナが言った。 「今日の目標を、一つだけ確

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status